20位 マグノ・アウベス
マグノ・アウベス選手は、
・2004年-2006年→大分トリニータ
・2006年-2007年→ガンバ大阪
に所属し115試合65得点を記録していますね!!
2006年にJリーグ得点王を受賞し、
2001年の『コンフェデレーションズカップ』ではブラジル代表に、
元浦和のワシントンとコンビを組んでいたマグノアウベスは、
大分トリニータに2004年加入!!!
2シーズン連続二桁得点を記録して、
ガンバ大阪へ移籍。。。
二川孝弘、遠藤保仁という名パサーとホットラインを形成して、
2006年Jリーグ得点王に輝きました。。。
左サイドからカットインドリブルして、
フィニッシュという得点が多く、、、
前線からのプレッシング、アシスト能力も高く得点以外での貢献度も高かったですね。。。
19位 サンパイオ
サンパイオ選手は、
1995年-1998年→横浜フリューゲルス
2002年-2003年→柏レイソル
2003年-2004年→サンフレッチェ広島
に在籍し197試合出場21得点を記録しています!!
「絶対勝ちましょう!」
このあと14時からは #サンフレッチェ広島 × #ベガルタ仙台 がキックオフ!
広島の「25周年記念試合」となる今節は、クラブOBで元ブラジル代表の #サンパイオ
氏が来場。#DAZNピッチサイド
広島×仙台は #DAZN で配信。 pic.twitter.com/19owrZICWr— DAZN ダゾーン (@DAZN_JPN) 2017年4月22日
現役ブラジル代表で、
空中戦とマンマークを得意とする守備的ミッドフィールダーでしたね!!
横浜フリューゲルスで活躍したものの、、、
チームの消滅に伴いブラジルリーグに帰国。。。
横浜フリューゲルス時代の活躍を評価され、
再び2002年柏レイソルに加入し、
2003年シーズンにはJ2のサンフレッチェ広島に移籍。。。
J1昇格に大きく貢献しました。。。
また、
1998年フランスワールドカップではドゥンガとボランチのJリーガーコンビを組み、
準優勝の原動力となりました。。。
18位 ワシントン
ワシントン選手は、
2005年-2006年→東京ヴェルディ1969
2006年-2007年→浦和レッドダイヤモンズ
に在籍し85試合出場64ゴールを記録しています!!
ワシントン選手は、
2004年にブラジルリーグで得点王に輝き、
2005年にJリーグに加入。。。
2001年の『コンフェデレーションズカップ』では、
ブラジル代表でツートップとしてコンビを組んでいた元浦和のマグノアウベスとともに、
2006年J1得点王を獲得しました。。。
189cmと88kgの体格を活かしたポストプレーと競り合いの強さ、
ヘディングで活躍しています!!
2006年の浦和レッズのJリーグ優勝と、
2007年のアジアチャンピョンズリーグ制覇に大きく貢献しました。。。
17位 フッキ
フッキ選手は、
・2005年-2006年→川崎フロンターレ
・2006年-2007年→コンサドーレ札幌
・2007年-2009年→東京ヴェルディ
に在籍し103試合70得点を記録しています!!
Jリーグで成長し、
世界トップレベルで活躍した選手の代表格といえるフッキ選手。。。
18歳で川崎フロンターレに加入すると、
潜在能力の高さを評価されながらも、、、
メンタル面で波が激しく活躍できませんでした。。。
しかし、
コンサドーレ札幌に修行としてレンタル移籍すると、、、
柳下正明監督の熱血指導のもとで選手としても成長!!!
中心選手としての自覚も芽生え、
J2得点王となります!!
東京ヴェルディに移籍してからヨーロッパへ旅立ち、
その後、、、ブラジル代表として大活躍しました!!!
そんな、
フッキ選手は日本が第2の故郷と慕っています。。。
16位 スキラッチ
スキラッチ選手は、
1994年-1997年にジュビロ磐田へ在籍し、
78試合出場56得点を記録しています!!
1990年イタリアW杯で、6得点を挙げて大会得点王と最優秀選手
に輝いたスキラッチ氏✨1994年から3年間プレーした #Jリーグ を振り返った
🗣「日本人のプロフェッショナルで真摯な姿勢は印象的」
— Goal Japan (@GoalJP_Official) 2019年4月2日
セリエAの『ユベントス』や『インテルミラノ』で活躍したイタリア人ストライカーは、、、
1990年の『イタリアワールドカップ得点王』となり『ゴールデンボール賞』を受賞。。。
そして、1994年に、
Jリーグジュビロ磐田に加入しました。。。
1995年には、
31得点で福田正博に次ぐ得点ランキング2位となる活躍をみせましたが、
腰痛が原因で1997年にジュビロ磐田で現役を引退しました。。。
得点へのこだわりの強さは、
ジュビロ磐田のチームメイトは衝撃的だったようで、、、
1998年、2002年のワールドカップ日本代表メンバーに選出された中山雅史選手に与える影響は大きかったようです。。。
15位 アルシンド
アルシンドは、
・1993年-1994年→鹿島アントラーズ
・1995年-1996年→ヴェルディ川崎
・1996年-1997年→コンサドーレ札幌
・1997年-1998年→ヴェルディ川崎
に在籍し125試合79得点を記録しています!!
Jリーグ元年に、
鹿島アントラーズでジーコとのブラジル人コンビとして活躍したストライカーは、、、
独特な風貌でコマーシャルに出演するなどお茶の間の人気者となりました。。。
スピードとドリブル、シュートテクニックで見るものを魅了したアルシンドは、
得点王にはなれなかったものの、、、記憶に残る選手でしたね!!
「友達なら当たり前」は、
コマーシャルだけではなくアルシンドの持ちギャグのように使用しました。。。
広告効果は絶大でしたね!!
14位 ペレイラ
ペレイラ選手は、
1992年-1995年→ヴェルディ川崎
1996年-1998年→コンサドーレ札幌
に在籍し186試合17ゴールを記録しています!!
Jリーグ創世記のヴェルディ川崎で、
ディフェンダ―として大活躍し、
攻撃的な個性派集団ぞろいのヴェルディ川崎を後ろから支えて黄金期を築きました。。。
1994年には、
Jリーグ最優秀選手賞を受賞していますね!!
コンサドーレ札幌のチーム創設期にも活躍して、
初代ミスター・コンサドーレと呼ばれました。。。
未成熟なチームをまとめ上げる頭の良さ、人間性、技術が備わっているのがペレイラの素晴らしいところで、
柱谷哲二を筆頭に影響を受けたと語る選手は多かったです!!
13位 シジクレイ
シジクレイ選手は、
・1997年 – 1998年→モンテディオ山形
・1999年 – 2000年→京都パープルサンガ
・2000年 – 2001年→大分トリニータ
・2001年 – 2002年→ヴィッセル神戸
・2002年 – 2003年→ヴィッセル神戸
・2004年 – 2007年→ガンバ大阪
・2008年 – 2009年→京都サンガF.C.
に在籍し324試合出場31得点を記録しています!!
シジクレイ選手は、
主にガンバ大阪で活躍した対人守備能力に長けたセンターバックです!!
187cmの長身とスキンヘッドで、
相手をことごとく競り勝っていく姿が印象的。。。
ナビスコカップ決勝のジェフ千葉で、
何度もシジクレイが一対一を制するシーンが続き「残念そこはシジクレイだ!」という実況の言い回しをされました。。。
以降、、、それがウケて、
優れたセンターバックを形容する際に「残念そこは○○でした」と使用されるようになりました。。。
12位 ウェズレイ
ウェズレイ選手は、
・2000年-2005年→名古屋グランパス
・2006年-2007年→サンフレッチェ広島
・2008年-2009年→大分トリニータ
に在籍し217試合出場124得点を記録しています!!
『Jリーグ歴代外国人総得点2位』『J1最多ハットトリック達成回数記録保持者(8回)』など、
Jリーグで素晴らしい成績を残しており、
卓越したな身体能力とシュートの上手さが凄かった選手ですね!!!
強引なドリブル突破に、
フリーキックに得点パターンがとにかく豊富。。。
サンフレッチェ広島、名古屋グランパスで活躍し、
ピチブー(猛犬)という愛称で愛され、
弓矢を打つゴールセレブレーションでも有名な選手でしたね!!
11位 レオナルド
レオナルド選手は、
1994年-1996年に鹿島アントラーズへ在籍し、
49試合出場30得点を記録しています!!
レオナルド選手は、
ジーコの誘いで日本にサッカーを根付かせる後継者として鹿島アントラーズに加入。。。
端正な顔立ちで、
「レオ様」と呼ばれてすぐに人気者となりました。。。
横浜フリューゲルス戦でみせたペナルティーエリアの中で、
5回リフティングしてから決めたボレーシュートは今も語り継がれる伝説ですね!!!
鹿島アントラーズで活躍した後に、
ブラジル代表の”10番”となりパリサンジェルマン、ACミランで活躍しました。。。
『中田英寿』『パクチソン』『フッキ』のように、
Jリーグを経由してビッグクラブへ移籍したという意味でも先駆けといえるでしょう!!!
また、
指導者としては、
インテルミラノの監督時代に長友佑都を獲得したことも日本サッカーに残した功績の一つです。。。
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